申し送りの数分でその日の安全とケアの質が大きく変わります。限られた時間で抜け漏れなく、次の担当者に要点を伝えるためには、再現性のあるメモの取り方が欠かせません。本記事では、医療安全で推奨されるフレームワークと現場で即使える具体例を交え、忙しいシフトでも実践できるコツを整理しました。紙でも電子でも活用できるテンプレートや時短テク、コミュニケーションの型まで、最新情報です。今日から申し送りメモの質を一段上げましょう。
目次
看護師の申し送りで役立つメモの取り方の基本
申し送りは情報の受け渡しであり、判断と行動のスタート地点です。メモの役割は口頭伝達を支える骨組みを作ることにあります。重要なのは、書く順番と粒度を標準化し、誰が見ても同じ解釈になる表現にそろえることです。患者識別は二要素で始め、直近の変化とリスク、次のアクションがひと目で分かる構成にしましょう。略語は院内標準に限定し、曖昧な時刻や主観表現は避けます。メモは記録の下書きではなく、行動のトリガーだと意識することが品質を高めます。
時間が限られる場面でも、フレームに沿って要点を優先順位で並べると、抜け漏れを防げます。特に急変リスクや禁忌、検査や処置の予定など、タイムクリティカルな事項は強調し、誰が何をいつまでに行うかを明記しておくと実務に直結します。
申し送りの目的とリスク認識
目的は情報共有だけでなく安全なケア継続です。メモは受け手の意思決定を助ける仕様であるべきです。例えば転倒歴、誤嚥リスク、輸液速度、酸素投与条件、アレルギー、隔離や制限など、見落とすと事故につながる項目を先頭に置きます。過不足のバランスも重要で、詳細を追記するよりも、次の勤務で必要な判断材料に絞ると聞き手の負担が減ります。ヒヤリハットの多くは伝達不備が背景にあるため、メモ段階でクローズドループを想定して構造化することが効果的です。
メモに必ず入れるべき項目
患者識別子、主訴または入院目的、直近24時間の変化、現在の評価、実施中の治療とデバイス、リスクと禁忌、未完了のタスク、今日の検査や処置予定、依頼や確認事項が基本です。時間は24時間表記で統一し、スコアは尺度名と数値を併記します。例えば疼痛はNRS4、意識はJCS1桁、NEWS2の合計など、測定の意味が伝わる書き方が有効です。優先度は高中低のタグで示し、担当や期限があるタスクは責任の所在を明確にします。
書かない方がよい情報と表現
主観や推測、不必要な既往の羅列、標準外の略語、曖昧な表現は避けます。例えば様子見や特になしは行動に結び付きません。代わりに再評価の条件や期限を明確化します。また時刻表現の今朝や夕方は受け取り手によって解釈が揺れるため、具体時刻と経過時間を併記します。個人情報は院内規程に従い最小限とし、患者や家族の価値観や希望はケア方針に関係する内容に限定して簡潔に記します。
標準化フレームで整理する申し送りメモの型

フレームワークに沿ったメモは再現性が高く、交代のたびに品質が安定します。代表的な型はSBAR、ISBARC、I-PASSです。いずれも状況、背景、評価、推奨の順に近く、目的は変化点の強調と次の行動の明確化にあります。現場では病棟や診療科に合わせて項目を拡張し、テンプレートとして配布しておくと新人でも迷いません。共通言語を持つと、多職種連携の齟齬も減り、時間短縮と安全性の両立につながります。
SBARで書くコツと記入例
SBARはSituation、Background、Assessment、Recommendationの頭字語です。最初に状況を一文で言い切り、背景は意思決定に必要な最低限に圧縮、評価は客観データとスコア、推奨は具体的な行動と期限を示します。例えば脱水疑いなら、摂取量、尿量、バイタル、皮膚所見、Labsの変化を短く並べ、対応案を提示します。以下は簡易の記入例です。
| 項目 | 記入例 |
|---|---|
| Situation | 発熱と呼吸数増加、NEWS2合計6で悪化傾向 |
| Background | 肺炎加療4日目、点滴抗菌薬中、COPDあり |
| Assessment | SpO2 90%(O22L)、RR24、聴診で湿性ラ音増強 |
| Recommendation | 医師連絡、O2増量検討、血液ガス採取、1時間後再評価 |
I-PASSとISBARCの使いどころ
I-PASSはIllness severity、Patient summary、Action list、Situation awareness and contingency planning、Synthesis by receiverで構成され、夜勤引継ぎのような包括的な申し送りに向きます。ISBARCはIdentify、Situation、Background、Assessment、Recommendation、Confirmationで、確認を明文化できるのが強みです。緊急性が高い場面はISBARC、包括的レビューが必要な場面はI-PASSと使い分けると効果的です。
優先度タグとタイムスタンプのルール
メモ内に優先度タグと時刻を統一表記するだけで抜け漏れは減ります。優先度はH M Lの三段階、時刻は24時間で記載、期限はまでにを付記します。完了時はチェックマークや取り消し線ではなく、完了時刻とイニシャルで残すと追跡可能性が上がります。リマインドは検査や投薬のタイミングに合わせてセットで記載すると、タイムクリティカルな作業の見落とし防止に有効です。
すぐ使えるフォーマットとケース別メモ例

病棟の特性や患者の状態に応じて、書く順番と重点は変わります。とはいえ骨子は同じで、識別、変化、評価、アクションの流れに沿って圧縮するだけです。ここでは汎用フォーマットと、救急入院、術後、認知症高齢者の三例を提示します。どれも紙と電子で使い回せる形にしておくと便利です。なお、院内標準の略語と評価スケールに合わせて微調整してください。
共通フォーマットの雛形
- 識別: 氏名、ID、年齢、主診療科
- 状況: 直近の変化を一文で
- 背景: 入院目的、主要既往、治療中の要点
- 評価: バイタル、スコア、検査所見の変化
- リスク: 転倒、誤嚥、出血、感染、禁忌
- アクション: 依頼、実施予定、期限、担当
- モニタリング: 何をいつ再評価するか
行を固定し、各項目1行以内と決めると自然に要点が絞れます。余白は追記枠として使い、追加は時刻とイニシャルを付けて差分管理するのがコツです。
救急入院の例
救急は初期不確実性が高いため、重症度と変化点を先頭に置きます。例えば心不全増悪の入院では、呼吸困難の推移、尿量、浮腫、酸素化、投薬反応を簡潔に並べ、悪化の兆候と代替計画を明記します。採血や画像など結果待ちが多いので、戻りをチェックする時刻を先に設定します。アレルギー、抗凝固内服、DNRや意思決定者の情報は初回で確実に記録に載せ、申し送りメモにも抜粋して強調します。
術後患者の例
術後は合併症の早期兆候と鎮痛、ドレーン、輸液、禁食や離床のプロトコル遵守が焦点です。疼痛スコア、鎮痛薬の効果と副作用、創部の出血や浸出、ドレーン排液の性状と量、尿量と水分出納、発熱や呼吸状態の変化を短く列挙します。離床段階と見守りレベル、リハビリ予定、抜去や食事再開のタイミングは時刻で示します。誤投与を防ぐために輸液速度とルート構成は必ず明記します。
認知症高齢者の例
認知症では行動心理症状、昼夜逆転、せん妄リスク、誤嚥や転倒リスクが中心です。環境調整や声掛けの反応、家族の関わり方など非薬物的介入の効果も行動につながる情報として残します。食形態、内服の粉砕可否、嚥下評価の結果、排泄パターンを記載し、ナースコールの頻度や見守り方法も具体化します。保護具や抑制の使用は根拠と代替案、最短見直し時刻をセットで書くのが標準です。
デジタル活用と時短テク、ミスを防ぐコミュニケーション
電子カルテや院内端末のテンプレートを使うと、入力の手戻りが減り、チーム全員が同じ型で確認できます。音声入力や辞書登録、スニペットの活用で入力負荷を下げつつ、セキュリティと個人情報保護の規程を守ることが前提です。さらに、メモだけではなく伝え方の型を合わせると受け手の理解が早まり、聞き間違い防止にもつながります。ここでは実装しやすい方法と注意点をまとめます。
電子カルテのテンプレートと辞書登録
SBARの見出しをそのままカルテのスニペットとして登録し、タブ区切りで素早く埋めると効率的です。バイタル、スコア、輸液、デバイス、タスクの定型語句は単語登録して数キーで展開します。監査性を担保するため、メモから記録への転記はタイムスタンプを保持します。コピーアンドペーストによる誤転記を避けるため、動的項目はリンク参照で呼び出すなど運用ルールを決め、端末放置防止のロック設定も忘れずに行います。
音声入力とセキュリティの注意
音声入力は手の塞がる環境で有効ですが、周囲のプライバシーに配慮が必要です。個室内で短時間、患者識別子は口述しないなど、院内ポリシーに沿った設定と使い方を徹底します。誤変換のリスクがあるため、固有名や数字は読み上げ後に必ず視認で確認します。クラウド連携機能は許可されたアプリのみを使用し、データの持ち出しや個人端末への保存は禁止するなど、基本的な管理を徹底しましょう。
時短のコツと略語ルール
時短は書かないことを決めることから始まります。フレームの各項目は1行に制限し、詳細は記録側に寄せます。略語は院内標準のみ使用し、初出に正式名と略語を併記すると新人にも親切です。同義の表現を統一することで検索性が上がり、後続の看護計画にも連動しやすくなります。タスクは先に列挙してから本文を書くと、実務に必要な情報が自然と前に出ます。
クローズドループとリードバックの徹底
申し送りの最後に受け手が要点を要約して言い返すリードバックを入れると、聞き違いや理解のズレをその場で是正できます。確認項目は優先度が高いタスク、禁忌、緊急時対応、再評価の時刻です。ISBARCのCを明文化し、チェックリストの形で運用すると定着します。複数人の場では同時発言を避け、呼称で指名してから伝え、了承の言質を取りましょう。記録への反映時刻も合わせて確認すると監査性が高まります。
まとめ

申し送りメモはフレームに沿って短く要点を並べ、優先度と期限、責任の所在を明確にすることが品質を左右します。SBARやI-PASS、ISBARCなど共通言語を導入し、テンプレートと辞書登録で入力を標準化すれば、忙しいシフトでも安定した情報共有が可能です。紙でも電子でも構いませんが、二要素の患者識別、時刻の統一、略語規程の遵守、セキュリティを徹底してください。
最後に、メモは伝達の道具であり、目的は安全なケアの継続です。受け手がすぐ動ける形に仕上げ、クローズドループで確認する。この基本を習慣化すれば、抜け漏れは確実に減り、チームの安心感と患者アウトカムが向上します。明日からの申し送りで、まずひとつの型から始めてみましょう。